( 10/24 付 )

 「風の息」という言葉がある。風向きや風速はいつも一定しているわけではない。強くなったり、弱くなったり、絶えず変化しながら吹く風はまるで息をしているかのようだ。

 スポーツの世界では、時に勝負の行方を左右する。自然を相手にするゴルフは典型だろう。追い風か、向かい風か。ちぎった芝を空中に飛ばし、グリーン上のピンに立つ旗の揺れ具合を観察する。

 陸上の短距離走も風の影響を受けやすい。先月、桐生祥秀(よしひで)選手が日本人初の100メートル9秒台をマークしたレースの陰には、風を読んだスターターの絶妙な判断があった。

 会場の福井県営陸上競技場に吹く風は強かった。だが、地元陸協のスターターは、その風が規則的に強弱を繰り返していることに気付いた。追い風参考記録とならないよう、風の弱まるタイミングを見極めて号砲を鳴らしたという。

 選挙にも民意という名の風が吹く。こちらもつかまえるのは至難の業である。今回の衆院選で、“風見鶏”の異名を持つ小池百合子都知事率いる希望の党は、風を味方に付けることができなかった。

 小池旋風の予感は「排除の論理」や「踏み絵」を持ち出した途端、逆風に変わった。代わって勢いづいたのは立憲民主党である。人気取りに走る風任せの政治は危うい。野党はしっかりと地に足をつけ、国民の声に耳を傾けながら一枚岩の巨大与党と向き合ってほしい。